COLUMN
コラム

「おしゃれ」だけでは選ばれない時代へ ― AIと健康設計が変えるコワーキングスペースの未来
~酸素ブース、AI議事録、バイオフィリックデザイン。2026年、コワーキングスペースの「価値基準」がいま根本から変わっている。~

コワーキングスペースを選ぶとき、あなたは何を基準にしますか。立地、価格、内装のおしゃれさ……。少し前まで、こうした要素が選ばれる理由の大半を占めていました。
しかし2026年現在、その基準は大きく塗り替えられようとしています。利用者が求めているのは「映える空間」ではなく、「1日いても疲れない環境」であり、「AIが自分に合わせて動いてくれる快適さ」です。そして運営者にとっても、環境への配慮(ESG)や省エネへの取り組みが、「あれば良い」ではなく「なければ選ばれない」時代へと変わりつつあります。
今回は、コワーキングスペースの新しい価値基準となりつつある「AI・スマート化」と「ウェルネス・サステナブル」という二つの潮流について、実際の事例を交えながら読み解いていきます。
1. コワーキングスペースの価値基準が「内装」から「体験」へ
少し前まで、コワーキングスペースの競争軸は「どれだけおしゃれか」「どれだけ立地が良いか」にありました。インスタグラムに映えるデザイン、ブランドコーヒーのサーバー、スタイリッシュな家具。そうした「見た目」が差別化のポイントでした。
ところが今、利用者の目は変わってきています。フリーランスから大企業の社員まで、コワーキングスペースを「日常的に使う場所」として捉える人が増えた結果、問われるようになったのは「1日中いても疲れないか」「集中できるか」「体に良い環境か」という体験の質です。
さらに企業がESG(環境・社会・ガバナンス)への対応を経営の柱に据えるようになったことで、「そのスペースが環境にどれだけ配慮しているか」も、法人契約の選定基準に入るようになっています。コワーキングスペースの価値基準は、見た目の「おしゃれさ」から、体験と環境への「誠実さ」へと静かにシフトしているのです。
2. AIとIoTが「当たり前」になったスマートオフィス

2026年は、AIのコワーキングスペースへの実装が一気に加速した年といえます。これまで「近未来の話」として語られていた機能が、今では標準装備として導入される施設が増えています。
入退室から予約まで、すべてがスマートフォン一つで
スマートフォンのアプリ一つで入退室の鍵が開き、席や会議室をその場で予約できる無人運営は、すでに多くの施設で実用化されています。たとえばコワーキングチェーン「いいオフィス」では、自社開発の省人化システム「E Solution」を導入し、スマートロックやAIカメラと連携した無人運営・遠隔監視の仕組みを構築しています(参考:プレスリリース)。受付スタッフが不在でも利用できるこの仕組みは、早朝・深夜の運営にも対応でき、多様な働き方をする利用者の利便性を大きく高めています。
AI秘書・議事録自動生成・多言語翻訳が「標準機能」に
会議室においても、AIの活用は急速に広がっています。サーブコープ(Servcorp)は、全国の拠点でAIによる議事録自動生成、多言語リアルタイム翻訳、リサーチ補助を、バイリンガル秘書とのハイブリッドで提供する次世代オフィスサービスを開始しています(参考:公式ニュースルーム)。
主なAI導入機能をまとめると、次のようになります。
- AIによる会議の議事録自動作成・要約
- AI翻訳・リアルタイム文字起こし
- 会議室の利用状況に応じた自動予約最適化
- 利用データをもとにしたダイナミックプライシング(料金の自動変動)
- 混雑・稼働状況のリアルタイム分析
利用者側もZoom・Microsoft Teams・Google Meetをストレスなくシームレスに使える環境を求めるようになっており、スマート会議室への投資を優先する施設が着実に増えています。
AIリスキリングと融合した新しいコワーキングの形
さらに一歩進んだ事例として、東京・渋谷のAI Village produced by SHIDAXがあります。シダックスカルチャービレッジ内にオープンしたこの施設では、AIリスキリングプラットフォーム「WATASHI」が無料で利用できるコワーキングスペースを提供しています。「働く場所」と「AIを学ぶ場所」を一体化させたこのモデルは、コワーキングスペースの新しいあり方の一つを示しています。
3. 「酸素ブースで朝のタスクをこなす」時代のウェルネス設計

以前、ある企業の特集動画でこんな場面を目にしました。「寝不足のため、今朝のタスクは酸素ブースでこなします」と話す社員が、オフィス内の酸素カプセルブースへ向かうシーンです。
最初は驚きましたが、よく考えてみると、これは決して突飛な話ではありません。1日の大半を過ごすオフィス環境が、心身のコンディションに直結するのは当然のことです。むしろ「どれだけ健康的に、高いパフォーマンスで働けるか」をスペースが支援するという発想は、ごく自然な流れといえます。
酸素カプセル・酸素ルームの導入が広がる
実際、オフィスや施設への酸素カプセル・酸素ルームの導入事例は着実に増えています。
- 新宿のオフィスに移転した際、社員のモチベーションアップとリフレッシュのために酸素カプセルを導入した企業の事例(参考:導入インタビュー記事)
- スタッフの夜勤明けの疲労回復や、施設利用者の健康維持のために複数人が同時に入れる酸素ルームを導入した福祉施設の事例(参考:カズサの郷 輝)
- 看護師やスタッフが勤務の合間にリフレッシュできるよう、福利厚生として職員向けに酸素ルームを設置した病院の事例(参考:熊本機能病院)
こうした事例からわかるのは、「酸素環境の整備」がすでに医療・介護・企業オフィスといった幅広い現場で、心身の回復とパフォーマンス維持のための実用的な手段として活用されているということです。コワーキングスペースへの導入も、決して遠い未来の話ではありません。
エルゴノミクスチェア・バイオフィリックデザインという「設計の哲学」
1日中座っていても疲れにくいエルゴノミクス(人間工学)チェアの導入は、ウェルネス重視のスペースにとって基本中の基本です。また、植物や自然素材、自然光をふんだんに取り入れた「バイオフィリックデザイン(緑化設計)」も、単なるインテリアの選択ではなく、ストレス軽減・集中力向上・創造性の向上といった効果を狙った戦略的な設計思想として広まっています。
さらに、長時間のデスクワークや会議の合間にリフレッシュできる瞑想ルーム、ストレッチスペース、ヨガスタジオを併設する施設も登場しており、「仕事の合間に体を整えられる場所」が、スペース選びの決め手になりつつあります。
4. ESG対応が「法人選定の条件」になっていく
こうしたスマート化やウェルネス設計は、個人利用者の快適さだけでなく、企業が法人契約でスペースを選ぶ際の基準にも影響を与えています。
省エネ・CO₂削減への取り組み、社員の健康経営への配慮、持続可能な運営方針。こうしたESGへの対応は、大企業が取引先やオフィス環境を選ぶ際の評価軸として年々重みを増しています。「おしゃれで便利」なだけでなく、「環境にも、社員の健康にも責任を持っているスペースかどうか」が問われる時代になりつつあるのです。
AIによるエネルギー最適化や、ウェルネス設計への投資は、個人利用者への訴求にとどまらず、企業の法人契約を獲得するための「経営上の武器」にもなり得ます。
おわりに ― 「選ばれ続けるスペース」の条件が変わった
コワーキングスペースをめぐる環境は、今まさに大きな転換点を迎えています。内装のおしゃれさで差別化できた時代は、少しずつ終わりを迎えつつあります。
これからの「選ばれるスペース」の条件は、AIが利用者の快適さを自動で最適化してくれること、1日いても心身が疲弊しないウェルネス設計が施されていること、そして環境への誠実な配慮が感じられること、この三つが揃っているかどうかにかかっています。
スペースの価値は「見た目」から「体験」へ、そして「体験」から「健康と持続可能性」へ。この変化の波に早く気づき対応できたスペースが、これからの時代に選ばれ続ける場所になっていくのではないでしょうか。